2001年度が始まり今年も新しい子どもたちが入園してきました。それぞれが幼稚園での自分の居場所を見つけなければなりません。それでなくても自分一人のためだけにいてくれた親から離れて、はじめて出会う大人に預けられるのです。これは子どもたちにとって納得できる話ではありません。もしかしたら理不尽な話なのかもしれません。子どもたちはそのことに泣くことで立ち向かいます。よく理解できますので、私は入園式の時に泣きたいときは泣いたらいいよ。疲れたら幼稚園を休んでもいいよと伝えるようにしています。
若草幼稚園でも4月は3才児を中心にたくさんの子どもたちが「お母さんに会いたい」と言って泣いていました。「お母さんに会いたいよね」「泣いたらいいよ」と言いながら付き合ってきました。中には泣きたくても泣くことができない子どもたちもいます。そんな子は1週間・2週間過ぎた頃に突然大泣きします。降園後の職員室では「あの子泣いたよ」「よかったね」という会話が行き交います。
子どもたちも疲れたら適当に休みながら、なんとなく、若草幼稚園も落ち着きを取り戻してきました。そんな中での子どもたちの姿を少し書いてみます。
A君は3才児です。入園前から園長のことが大好きで、幼稚園に入ったらクラスは園長組になるんだと張り切っていたことを、お母さんから聞いていました。それで、入園すると私のそばにいる時間が多いんだろうなと思っていたのです。ところが入園してみると彼は全くそばに寄ってこないのです。遠くから私のほうを見ている彼はいつも感じていました。私がそっちを見ると彼はその視線をそらすのです。私は自分から彼に寄っていくことはしないようにしようと思って彼の行動を見ていることにしました。そうしているうちに彼のことを忘れてしまっていたのです。
ある日、降園のバスを待っている時間に門の所に座っていたのですが、偶然その隣にA君が座っていました。私はそのことに気がつきませんでした。突然、彼が私の肩に乗ってきました。そして、私のほっぺたや腕や顔や指をぺろぺろなめはじめました。私は本当はびっくりしたのですが、何ともないふりをしてしたいようにさせておきました。しばらくなめまわしていましたが、気が済んだようで、また、隣に座って笑いかけてくれました。
A君は私と友だちになろうと彼のやり方で関係を作りました。もう私たちの付き合いは始まったのです。
それから2・3日してからのことです。B君がそばに寄ってきて、「園長」と呼ぶので「何ぞ」と答えると彼はにやっと笑ってうれしそうにどこかへ行ってしまいました。B君はこの4月に他園から転入園してきた年中児です。4月当初から、あっちこっちいろんな場所をうろうろして先輩の動きを観察している様子が見られていました。そんな動きが少し気になってはいたのです。遊べていないのではないかな。楽しくないのではないかなという思いです。けれども、友だちの遊びを見ているというのは大切なことだということを信じて黙っていました。そんな中で、B君は年長組の友だちや年少組から上がってきた年中児が私のことを「園長!」と呼び捨てにするのを「いいのかな」というような不思議な顔をして見ていました。前にいた幼稚園では園長先生のことを「園長」と呼び捨てる習慣がなかったのでしょう。そんな葛藤が彼の中であったのだと思います。それが納得いくまでに1ヶ月以上かかったのでしょう。彼の中でやっと「いいんだ」という結論に達して「園長」と呼ぼうと心に決めて私のそばに寄ってきたのだと思います。
そんなふうに子どもたちの心は一つ一つ解放していくのかもしれません。
若草幼稚園は愛媛県の松山市にあります。子どもたちのあるがままの姿をそのまま受け止めたいと思っている幼稚園です。子どもたちは毎日、自分のしたいことを自分で見つけて遊んでいます。自分の意志で遊んでいく中で子どもたちの心が開いていけばいいなと思っています。そのことが安定につながっていくんだろうと考えているからです。そして安定こそが自立への始まりだと思います。そのためには幼稚園という場が精神的な意味で開放されていないといけないのでしょう。
若草幼稚園にはいつも園児のお父さんやお母さんや兄弟やOBが当たり前のようになんとなく来てくれます。今は小学校4年生の学校にいっていない子どももお弁当をもって遊びにきています。
当たり前のようにというのは幼稚園ではおおいに大切なテーマです。幼稚園の中のほとんどのことが特別なことであってはいけないと思います。自由であること・自分のことは自分で決めるということ・障害のある子どもも一緒にいるということ・友達と思いやりあうこと・許しあうこと等々多くのことが当たり前のようにある毎日である必要があります。そしてたまに本当にたまに特別なことがあるのです。
話が脱線してしまいました。
そんなふうに幼稚園に来てくれている保護者の方々にたびたび相談を受けます。心配事が沢山あるようです。子どもたちをとりまく環境があまりよくないので仕方ないことなのかもしれません。小学校に入学してからのことまで心配されています。もちろん管理教育で有名な愛媛の学校ですから、その気持ちは良く分かるのです。けれども心配するというのは子どもたちにとって決していいことではありません。子どもたちは親の心配を敏感に察します。そして、その心配にあった子どもになります。親の不安定さがそのまま子どもの不安定さにつながっていくのです。
私は相談をうけたときいつも「大丈夫ですよ。心配しないであげてください。子どもたちの持っている力を信じてあげてください。彼らはきっと自分の持っている力で解決していきますから」と伝えるようにしています。
いま社会には心配が満ちあふれています。たしかに心配なことだらけです。けれどもそれは心配することでは解決しません。
子どもたちのそばにいる大人がゆったりと楽しそうに生活する姿を子どもたちに見せるのが大切なことなのです。
若草幼稚園でも4月は3才児を中心にたくさんの子どもたちが「お母さんに会いたい」と言って泣いていました。「お母さんに会いたいよね」「泣いたらいいよ」と言いながら付き合ってきました。中には泣きたくても泣くことができない子どもたちもいます。そんな子は1週間・2週間過ぎた頃に突然大泣きします。降園後の職員室では「あの子泣いたよ」「よかったね」という会話が行き交います。
子どもたちも疲れたら適当に休みながら、なんとなく、若草幼稚園も落ち着きを取り戻してきました。そんな中での子どもたちの姿を少し書いてみます。
A君は3才児です。入園前から園長のことが大好きで、幼稚園に入ったらクラスは園長組になるんだと張り切っていたことを、お母さんから聞いていました。それで、入園すると私のそばにいる時間が多いんだろうなと思っていたのです。ところが入園してみると彼は全くそばに寄ってこないのです。遠くから私のほうを見ている彼はいつも感じていました。私がそっちを見ると彼はその視線をそらすのです。私は自分から彼に寄っていくことはしないようにしようと思って彼の行動を見ていることにしました。そうしているうちに彼のことを忘れてしまっていたのです。
ある日、降園のバスを待っている時間に門の所に座っていたのですが、偶然その隣にA君が座っていました。私はそのことに気がつきませんでした。突然、彼が私の肩に乗ってきました。そして、私のほっぺたや腕や顔や指をぺろぺろなめはじめました。私は本当はびっくりしたのですが、何ともないふりをしてしたいようにさせておきました。しばらくなめまわしていましたが、気が済んだようで、また、隣に座って笑いかけてくれました。
A君は私と友だちになろうと彼のやり方で関係を作りました。もう私たちの付き合いは始まったのです。
それから2・3日してからのことです。B君がそばに寄ってきて、「園長」と呼ぶので「何ぞ」と答えると彼はにやっと笑ってうれしそうにどこかへ行ってしまいました。B君はこの4月に他園から転入園してきた年中児です。4月当初から、あっちこっちいろんな場所をうろうろして先輩の動きを観察している様子が見られていました。そんな動きが少し気になってはいたのです。遊べていないのではないかな。楽しくないのではないかなという思いです。けれども、友だちの遊びを見ているというのは大切なことだということを信じて黙っていました。そんな中で、B君は年長組の友だちや年少組から上がってきた年中児が私のことを「園長!」と呼び捨てにするのを「いいのかな」というような不思議な顔をして見ていました。前にいた幼稚園では園長先生のことを「園長」と呼び捨てる習慣がなかったのでしょう。そんな葛藤が彼の中であったのだと思います。それが納得いくまでに1ヶ月以上かかったのでしょう。彼の中でやっと「いいんだ」という結論に達して「園長」と呼ぼうと心に決めて私のそばに寄ってきたのだと思います。
そんなふうに子どもたちの心は一つ一つ解放していくのかもしれません。
若草幼稚園は愛媛県の松山市にあります。子どもたちのあるがままの姿をそのまま受け止めたいと思っている幼稚園です。子どもたちは毎日、自分のしたいことを自分で見つけて遊んでいます。自分の意志で遊んでいく中で子どもたちの心が開いていけばいいなと思っています。そのことが安定につながっていくんだろうと考えているからです。そして安定こそが自立への始まりだと思います。そのためには幼稚園という場が精神的な意味で開放されていないといけないのでしょう。
若草幼稚園にはいつも園児のお父さんやお母さんや兄弟やOBが当たり前のようになんとなく来てくれます。今は小学校4年生の学校にいっていない子どももお弁当をもって遊びにきています。
当たり前のようにというのは幼稚園ではおおいに大切なテーマです。幼稚園の中のほとんどのことが特別なことであってはいけないと思います。自由であること・自分のことは自分で決めるということ・障害のある子どもも一緒にいるということ・友達と思いやりあうこと・許しあうこと等々多くのことが当たり前のようにある毎日である必要があります。そしてたまに本当にたまに特別なことがあるのです。
話が脱線してしまいました。
そんなふうに幼稚園に来てくれている保護者の方々にたびたび相談を受けます。心配事が沢山あるようです。子どもたちをとりまく環境があまりよくないので仕方ないことなのかもしれません。小学校に入学してからのことまで心配されています。もちろん管理教育で有名な愛媛の学校ですから、その気持ちは良く分かるのです。けれども心配するというのは子どもたちにとって決していいことではありません。子どもたちは親の心配を敏感に察します。そして、その心配にあった子どもになります。親の不安定さがそのまま子どもの不安定さにつながっていくのです。
私は相談をうけたときいつも「大丈夫ですよ。心配しないであげてください。子どもたちの持っている力を信じてあげてください。彼らはきっと自分の持っている力で解決していきますから」と伝えるようにしています。
いま社会には心配が満ちあふれています。たしかに心配なことだらけです。けれどもそれは心配することでは解決しません。
子どもたちのそばにいる大人がゆったりと楽しそうに生活する姿を子どもたちに見せるのが大切なことなのです。